Laufer & Nation (1995) は,語彙の豊かさの測定は,主に以下の2つの研究分野で重要であると述べている。
1. ライティングの質に影響する要因の研究
2. 語彙知識と語彙使用の関係についての研究
近年第二言語習得研究において,上記2つの分野での研究は盛んに行われてきている。ライティングの質に影響する要因の研究としては,Arnaud (1984),Linnarud
(1986),Reid (1986),Ferris (1994),Daller & Phelan (2007),杉浦 (2008b),水本
(2008)などがあげられる。スピーキングの質に影響する要因の研究も近年盛んになっており,Richards & Malvern (2000),Vermeer
(2000),Malvern & Richards (2002) が,そのような研究課題に取り組んでいる。
これらの研究では,学習者の言語産出における語彙の豊かさや総語数,平均文長,統語論的特長などを調べ,ライティングやスピーキングの評価と最も相関の強い指標を調べたり,重回帰分析により評価を予測する回帰式を作成するなどして,ライティングやスピーキングの質に影響する要因のモデル化を行おうとするものである。
語彙知識と語彙使用の関係についての研究は,Laufer (1998),Laufer & Paribakht (1998),Vermeer
(2000),石川 (2008b) などがあげられる。これらの研究では,学習者のライティングやスピーキングにおける語彙の豊かさと語彙テストの結果を比較し,両者の相関関係を調べたり,それらの相関関係が学習者の熟達度の変化に伴いどのように変化するかを調べるものである。石川
(2008b) では構造方程式モデリングを使用し,学習者の語彙知識と語彙使用についてモデル化を行
う試みがなされている。
Read (2000) は,Arnaud (1984) ,Linnarud (1986),Reid (1990),Laufer (1991) ,Engber (1995) などの先行研究をまとめ,学習者の語彙の豊かさは,主に以下の4つの観点から分析されると述べている。
Laufer & Nation (1995) は,Read (2000) と同様に,上記4つの観点から学習者の語彙の豊かさが議論されてきたことを認めているが,語彙の密度と誤りの数については,批判的な見解を述べている。まず語彙の密度は,統語構造や結束性の影響を受け,必ずしも語彙の豊かさを測っているとは言えないと指摘している。例えば,従属節,分詞句が増加すれば機能語の割合が減少し,語彙の密度が増加するが,これらは統語的特徴を反映し,必ずしも語彙的特徴を反映しているとは言えないと述べている。また誤りの数について,誤って使用された語彙は学習者に習得されているとは言えないとし,学習者の産出する語彙が,いかに多様で広範なものかを測定することが目的であれば,明らかに誤って使用されている語彙は,分析対象から除くべきであると主張している。
語彙の多様性指標の代表はTTRであるが,テクストの長さの影響を受けるという大きな問題があり,この問題を解決するためのさまざまな試みがなされてきた。しかしながら,これらの試みの多くは成功しているとは言えない
(Chipere, Malvern, & Richards, 2004)。テクストの長さの影響を受けにくいとされるD (Malvern
& Richards,1997) が提案されているが,どのような語彙が使用されるかという点を全く考慮しない語彙の多様性指標自体の限界も指摘されている
(Laufer &
Nation, 1995; Meara & Bell, 2001; Vermeer, 2000; Vermeer, 2004)。Meara
& Bell (2001) は,語彙の多様性指標は学習者の作文内で完結する指標 (Intrinsic Measures of Lexical
Variety) であるのに対し,外的基準に照らして学習者の語彙を評価する語彙の豊かさ指標 (Extrinsic Measures of Lexical
Richness) の重要性を主張している。